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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)169号 判決 1977年5月24日

原告

株式会社

諏訪精工舎

右代表者

西村留雄

右訴訟代理人弁理士

遠山光正

被告

特許庁長官

片山石郎

右指定代理人通商産業技官

佐藤文男

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<略>

第二  請求原因

一、特許庁における手続の経緯

原告は、昭和四三年一二月一〇日特許庁に対し、名称を「指針規正装置付時計」とする発明につき特許出願をしたが、同四七年五月四日拒絶査定があつた。そこで原告は同四七年七月五日審判の請求をし、同年審判第四一六七号事件として審理されたが、同四八年九月二一日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同四八年一一月二八日原告に送達された。

二、本願発明の要旨

(a)  ムーブメントの中心に時針、分針、秒針を有し、

(b)  前記時針、分針、秒針を担持する車とよりなり、

(c)  前記時針又は分針を担持する車もしくは前記時針又は分針を担持する車に隣接する車にカムを固定し、

(d)  且つ、前記秒針を担持する車にカムを固定した構造より成り、

(e)  前記各カムを作動するレバーと、

(f)  前記レバーを時計ケース外部から操作し得るボタン又はリユーズを設け、

(g)  時報に合わせて前記リユーズ又はボタンを押し又は引き、動作を与えることにより、前記時針、分針、秒針を同時にX時〇分〇秒(Xは〇―+−の整数)に復帰させ、引続きスタートさせることを特徴とする。

(h)  指針規正装置付時計。

三、審決理由の要点

本願発明の要旨は前項のとおりである。ところで右のうち(a)から(f)までの構成は周知であり、また本願と同日に原告から特許出願された名称を「指針規正装置付時計」とする発明の特許出願公告昭和四七年第一〇四六七号公報(以下「別件」という。)によると、別件が、前記のような機構を応用して、時報に合わせてリユーズまたはボタンを押すことにより、時針、分針、秒針を同時に〇分〇秒に復帰させ、引き続いてスタートさせる指針規正装置の機構であることが認められるので、本願発明の新規で特徴的な部分は、帰零と発進という引続く動作を一つの操作によつて行なうという技術思想そのものにあると認められる。

しかしながら、そのような技術思想は、切換弁など多くの分野で普通に採用されているところで、時計に応用することによつて特別の効果を生ずるものではない。従つて、本願発明は当業者が容易に想到できるところであり、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

四、審決取消事由

審決は、本願発明が指針規正のために帰零、発進という引続く動作を一つの操作で行う技術思想を一般時計に適用した具体的構成によつてもたらされた作用効果の顕著さを看過し、これを普通の採用されている技術思想であつて、時計に応用しても特別の効果を生ずるものでないとして、その進歩性を否定した点に判断の誤りがあり、違法であつて取消されねばならない。

(一)  従来の一般時計における秒規正装置では、ある瞬間において時刻の表示規正をしようとする場合には巻真を引出すことによつて秒針の動きを停止させるようになつているため、正確に時間を規正するためには、秒針が〇秒を指示したとき巻真を引出し、まず秒針を零位置にとどめ、つぎに竜頭を回転させて時刻に時針、分針を正確に合わせ、標準時計の秒針が零位置にきた時、巻真を押しこむ操作を必要とする。そして時報により正時に合わせるためには、(1)時報が近ずいた際腕時計を外す、(2)時報前に時計の秒針が零を通過する瞬間を見はからつて巻真を引出して秒針を零位置に停止させる、(3)竜頭をまわして時針、分針を時報がしらせる正時に合わせる、(4)この状態で時報を待機する、(5)時報と同時に巻真を押しこみ、規正された指針表示により歩進を再開する、(6)腕時計を腕に装着し直す、という一連の操作を行うので、つぎのような欠点を余儀なくされた。すなわち、(イ)複雑な操作を要する、(ロ)したがつて時報の少なくとも一分以上前から操作を開始しなければならず、時間がかかる、(ハ)そのため時報が近ずくことに配慮していなければならず、不意の時報に対する指針の規正は不可能である、(ニ)前記(5)の操作で竜頭が僅かでも回転すると、これに時針、分針が直結しているため、時針、分針の指示に狂いが生ずるので、必ずしも正確性を確保できない。

これに対し、本願発明は、時報に合わせてリユーズまたはボタンを押すか、あるいは引くか何れか一つの操作によつて指針規正ができるので、つぎのような利点を生じた。すなわち、(イ)不意の時報に対しても、時報が聞えてくればいつでも、また道を歩いている、車を運転している、暗がりなど、どんな状態にあつても、腕時計を腕に装置したまま簡単な操作により、(ロ)時報に接着した極めて短時間内に、(ハ)一秒程度の誤差内で、巻真の手動による時針、分針の狂いなどなく、より正確に規正ができ、一般時計における実用上十分の精度が常に確保できる、(ニ)しかも、その実施のため実質的に部品を増加させるものでないので、加工技術の開発・改良を要するわけでもなく、安価にしかも小型腕時計のような小さなスペース内でも可能であり、簡便な機構で高度な効果を奏するといえる。したがつて、その作用効果は従来の指針規正装置に比し極めて顕著なものといわねばならず、本願発明の進歩性が認められてしかるべきである。

(二)  本願発明の構成要件のうち(a)から(f)までおよび(h)、また(g)のうち「リユーズまたはボタンを押しまたは引き、動作を与えることにより時針、分針、秒針のうち二つを同時に零位置に復帰させること」自体および「スタートさせる」こと自体が周知技術であること、さらにまた、一般時計において時報等に合わせて秒針を復帰し続いてスタートさせるように構成されたものが公知に属することは、いずれも認める。

しかし、一般時計において時報等に合わせて秒針を復帰し続いてスタートさせるように構成されたものがあつたとしても、電波修整時計のような複雑かつ高価な装置が必要とされていた。したがつて、これらの構成が従来技術にあつたとしても、本願発明におけるような作用効果の発現は予測できる限りではなかつた。いわんや一般的に「引き続く動作を一つの動作によつて行う」技術の適用が他の分野で行われていようとも、技術分野を異にし、その動作・部材も異にするところから、本願発明のような特殊な作用効果は想到しようもないところである。

第三  被告の答弁<以下、事実略>

理由

一原告主張の請求原因事実は、四項を除き、当事者間に争いがない。

二そこで、審決取消事由の有無について判断する。

本願発明の構成要件のうち(a)から(f)までおよび(h)の要件が周知技術であること、また、(g)の要件のうち「リユーズまたはボタンを押しまたは引き、動作を与えることにより時針、分針、秒針のうち二つを同時に零位置に復帰させること」自体および「スタートさせる」こと自体が周知技術であること、さらにまた、一般時計において時報等に合わせて秒針を復帰し、続いてスタートさせるように構成されたものが公知に属することは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、一般に二つの引続く動作をできるだけ短時間に瞬時に行うために、二つの引続く動作を一操作によつて行わせることは、たとえばカメラのシヤツター、油圧技術、クラツチ作動、マイクロスイツチなど多岐・広汎な分野にわたつて適用されている周知の技術思想であり、その適用による効果も十分に知られていたことが認められる。

また、<証拠>によれば、ラジオの時報信号等の時刻信号により指針を修正するいわゆる電波時計が従来より当業者に知られていること、これらは時刻信号の到来により従来周知のカム磯構およびこれを作動するレバーにより指針(分針あるいは秒針またはその双方)を零位置に移動させ、時刻信号の消去とともにレバーが旧位置に復帰し指針の発進が再び行われ、すなわち、指針の帰零と発進という連続する二動作を不可分に接着・連続したレバーの往復動により本願発明における一つの操作のそれに近い方法で行われていたこと、その効果も短時間内に誤差を少なく正確に指針を規正するものであることがそれぞれ認められる。

以上の事実を総合すると、引き続く二つの動作を一つの操作によつて行うことは慣用の技術であつて、本来、正確さと操作の容易さが要求される一般時計にこの慣用技術を適用することに格別の困難はなく、したがつてその適用により生ずる効果、すなわち、簡単な操作により、不意の時報など時報に接着した短時間内に、一秒程度の誤差の範囲内で指針規正ができる効果は当然予測できる範囲内のものにすぎないと解するのが相当である。

なお、原告は腕時計の操作について主張するけれども、本願発明が腕時計に限定されたものでないことはその特許請求の範囲に徴し明らかであり、また、実施に要する部品・加工に関する効果の主張も、本願発明が広く一般時計の指針、規正を対象とし、駆動源の如何、形体の大小、いわゆる「一つの操作」が包括する、より具体的な挙動の態様およびこれに対応する構成などについて何ら限定するところがないので、採用の限りでない。

そうすると、審決が本願発明が指針規正のために帰零、発進という引続く動作を一つの操作で行う技術思想を一般時計に適用した具体的構成によつてもたらされた作用効果の顕著さを看過した旨の原告の主張は失当であり、周知技術・従来技術から容易に推考できるものとした審決の判断に誤りはないといわなければならない。

三<省略>

(杉本良吉 舟本信光 小酒禮)

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